ハードウェアエンジニアの備忘録

電子工学(半導体物性)→応用光学・半導体プロセス→アナログ回路→C/C++→C#/.NETと低レイヤーから順調に(?)キャリアを登ってきているハードウェアエンジニアの備忘録。ブログ開始時点でiOSやサーバーサイドはほぼ素人です。IoTがマイブーム。

【Startup School】スタートアップの力学

スタートアップの力学 - Kirsty Nathoo

youtu.be

講演者の経歴

まず、軽く講演者の経歴からおさらいしよう。

Kirsty Nathoo

Kirsty Nathooは2002年にケンブリッジ大を卒業したあと、PwCでキャリアを過ごし、YCombinatorに入る。その後、YCombinatorではCFOとして、YCombinatorの資金面のみならず、スタートアップの資金面の支援もしている。

参考:TechCrunchLinkedIn

Kirstyの講義内容

Kirstyの講義資料はここに上がっている。

Kirstyの講義のまとめ

  • スタートアップを会社化するなら、C Corporationにしよう
  • 法人化の手続きにはClerky、従業員の雇用管理にはGustoなどを使うと良い
  • vestingの期間、仕組みを理解しておこう
  • 初期の資金調達はコンバーチブルノート、後半ではシリーズラウンドが用いられる。コンバーチブルノートにはSAFEという仕組みがよく使われる

今日の講義のトピック

  • 企業形態
  • 資本政策
  • 資金集め
  • 雇用
  • ビジネスを行う事

このトピックの順は会社が作られ大きくなっていく過程でもある。

会社の形態

会社化することにより、個人と切り離されて考えられることになる(Separate legal entity)。その為、税金、資産と負債、契約、訴訟などは所有者とは切り離されて考えられ、スタートアップの創業者は会社と独立した存在だ。USAではこういった形態の会社をC corporationと呼んでいる。スタートアップを始めるにあたり、LLCその他にしたほうが良いと言う人もいるが、スタートアップに適しているのは間違いなくC Corporationだ。

C Corporation

カリフォルニア州の場合、以下のような企業形態があるそうだ。

企業形態 事業主の責任 二重課税 税務コスト IPO
個人経営(Sole Proprietorship) 無限責任 非対象
C株式会社(C Corporation) 投資額に限定 対象
S株式会社(S Corporation) 投資額に限定 非対象
パートナーシップ(Partnership) 一人以上のパートナーが無限責任 非対象
LLC(Limited Liability Company) 投資額に限定 非対象

ここで、C株式会社、S株式会社などとなっているのは連邦税法のSubchapter C、Sによって税金規定が決まっているため、このような名前になっているそうだ。また、LLCは日本で言う有限会社とのことだ。

参考:企業形態について

難しいのは、いつ法人にするか、という問題だ。早すぎても煩雑なプロセスが大変だ。初期にはまだ、このビジネスを本気でやるかわからないし、副業としてやっているかもしれない。この時期には法人化すべきでない。逆に、多くの特許を出願するとか、製品を開発して課金できるところまでいったら法人化すべきタイミングだ。口座を分けて管理すべきで、混同すべきではない。また、起業家個人の無限責任を回避する意味でも法人化の意味はある。

YCombinatorとしては米国が法人を作る場所としてはベストだと考えている。なぜなら資本の多くは米国に存在し、米国の投資家は一般に海外投資をしにくいからだ。物理的に米国にいる必要はない。州についても50州のどこかに実際にいる必要はない。そして、実際のところ多くのスタートアップがデラウェア州で法人登記しているデラウェア州の法律は株式の発行等に柔軟で、事業主のプライバシーの保護についても優れている。デラウェアでは米国民でなくても米国に実際に存在しなくても登記が可能だ。

実際の法人設立の方法についてだが、大きく、①フォームを埋めた書類をファックスする(これは24時間以内に済む)、②定款を定めるの2つのステップがある。こうした手続をすすめるにあたって、弁護士を使うのが一般的だ。大体、出願手数料に加えて$3,000-$5,000程度でやってくれるだろう。シリコンバレーの多くの弁護士は資金調達を終えるまで支払いを延期してくれる。もし、何処か田舎の弁護士の友人がいる場合にも、彼らに頼むべきではない。例として、昔YCで扱ったケースで、コネチカット州のLLCがあった。創業者の友人がコネチカット州の弁護士だったそうだ。YCとして投資する事になったとき、デラウェア州のC-Corporationに変更することにしたのだが、これもコネチカット州の弁護士が担当した。しかし、3ラウンドの資金調達のあと、(巨額の資金調達の際に)、他の弁護士が会社の変更に間違いがあり、有効でないことに気づいた。これにより資金調達は6ヶ月遅れ、4つの法律事務所を巻き込み、50万ドルがかかった。弁護士を使う以外にもYCombinatorのプラットフォームであるClerkyを使うという手もある。これなら数百ドルで済む。

資本政策

株式の割当ては金銭的リターンに直結するので、共同創業者全員が公平と感じなければならない。一般的には共同創業者でだいたい同じくらいの割当にすべきだ。ただ、創業者によっては、「自分のほうが3ヶ月前に始めたから…」、「自分がアイデアを考えたから…」、などといって、自分が90%の割当だなどという。アドバイスとしては、こうした後ろではなく、前を見て決めるべきだということだ。この先、会社が成功すれば、10年、15年と続くことになるので、3ヶ月はほんの少しの期間だということだ。 付け足すことがあるとすれば、株式の拮抗を避けるために少しだけ株の割当を多くしておくことだが、こうした投票をしなければならなくなるような状況では修復不可能なほど創業者同士の関係は悪くなっているだろう。

会社の株を買うときは、創業者がいくらかの個人用口座からお金を出し、会社の口座に入金する。 会社の株を買ったときから会社の一部を保有することになる。そして、創業者が去るときには、会社は株のいくらかを買い戻す権利がある。そして時間が進むにつれて、会社が買い戻す権利のある株数は減っていく。これをvesting(権利確定)という。そして、スタートアップとして標準的な、4年間のvesting、1年のcliffを推奨する。

f:id:tosh419:20170709091430p:plain

引用元:Dropbox - Kirsty Nathoo - Startup Mechanics.pdf

上の図が典型的なvestingの様子だ。縦軸は創業者の株式のシェアを表している。365日後には25%の株式が会社側の買戻権が外れることがわかる。1年後以降は1ヶ月毎に徐々に買戻権が外れ、4年が経過するとすべての株式が創業者のものとなることが分かる。その為、4年以内に会社を去ると、いくらかの株式は会社によって買い戻されることになる。そして、その際に買い戻される金額は、会社から創業者が株を買ったときの金額と同じであるため、儲けは出ない。 このような制度がある理由は、他の共同創業者に対する保護がある。vestingがない場合、会社に残った共同創業者の努力に対する報酬と同じだけを会社を立ち去った共同創業者が得ることになる。これは、会社に残ってハードワークをするインセンティブになっており、同時に投資家を保護することにもなる。

83b electionについても述べておかなければならない。これにサインしないとvestingの度に保有する株式に対して税金が課されることになる。逆に言うと本来vestingの際に課される税金をこれにサインすることにより、例外的に株式の取得時点で課すことにしてくれる。つまり、最初のうちは株式を$0.00001とか非常に安い金額で取得するが、この時に取得株式の時価と取得金額の差額に対する税金を支払う事で、価値が上がったvestingの時点で払わなくて良くなる。$0.00001で取得した際には時価も$0.00001並に安い金額であろうから、実質的に税金を支払わなくて良くなる。なお、この手続は、株式取得から30日以内に米国歳入庁に提出しなければならない。

参考:BizLawInfo.JP

資金調達

資金調達は、シリーズラウンドによるもの、コンバーチブルノートによるものがある。シリーズラウンドではラウンド毎に特定の価格で株は売買され、コンバーチブルノートでは投資家がすぐに現金をくれる代わりに、将来株を渡すことになる。一般的にシリコンバレーの多くのスタートアップが、最初はコンバーチブルノートを選択し、数年後にシリーズラウンドで資金調達をする。

シリーズラウンドでは企業価値が一株の価格を決定する。例えば、創業者が900万株を持っていて、企業価値が800万ドル、200万ドルを資金調達したい場合、企業価値を900万ドルで割って($8M/9M=$0.89/株)、一株あたりの価格を調達したい金額から割れば売るべき株数が分かる。ここで、この資金調達を終えた後には企業価値は1000万ドルになる。これにより、資本構成は以下のように変化する。

普通株 優先株 発行済み株式における比率
創業者1 3,000,000 26.7%
創業者2 3,000,000 26.7%
創業者3 3,000,000 26.7%
投資家 2,250,000 20%
合計 9,000,000 2,250,000 100%

コンバーチブルノートについて、ベイエリアではSAFE(Simple Agreement for Future Equity)というものがある。投資家が現在において資金を出し、未来において株式を得る権利を定めたものだ。未来において株式を得るときの評価額にもvaluation capと呼ばれる定めがある。将来のシリーズラウンドで巨額の企業価値で資金調達をする際に、初期の投資家は一定の低い評価額で株式を調達できる。例えば、先程の会社の例で言えば、200万ドルを調達するシリーズラウンドの前に、40万ドルを400万ドルのvaluation capのSAFEで調達していたとする。この場合、シリーズラウンド時の株式の価格には、シリーズラウンドの投資家の価格である$0.89($8M/9M株)とSAFEで投資した$0.44($4M/9M株)の2種類が存在することになる。この場合、SAFEで投資した投資家は、約半分の価格で株式を取得することができる。これにより、資本構成は以下のようになる。

普通株 優先株 発行済み株式における比率
創業者1 3,000,000 24.7%
創業者2 3,000,000 24.7%
創業者3 3,000,000 24.7%
SAFEによる投資家 900,000 7.4%
シリーズラウンドの投資家 2,250,000 18.5%
合計 9,000,000 3,150,000(※) 100%

(※)動画中では2,250,000となっているが間違いだと思われる。

このようにして、株式は希薄化され創業時から以下のように変化する。これは避けられないことであるが、同時にパイ全体(富の大きさ)は大きくなっている。

f:id:tosh419:20170709162722p:plain

注意しておきたいのは、必要もないのに創業時の低い企業価値で多くの株を売らないことだ。調達した資金を何に使いたいのか、使いみちがはっきりしないのであれば、6ヶ月、あるいは1年待ち、より高い評価額で資金調達をしよう。

雇用

資金調達が終わり、そのお金は多くの場合、従業員の雇用に使われる。雇用については非常に複雑で多くの法律や規制が関連するので、ここでは基本となる考えを抑えておこう。 USでは雇用には、Contractor(独立契約者、コントラクター)、Employee(従業員)の2種類の形態がある。そのどちらにしても、知的財産は会社に帰属することになる。違いは以下のとおりだ。

コントラクター 従業員
知的財産 会社に帰属 会社に帰属
勤務時間 自身で決定 会社で定める
マネジメント プロジェクト、ゴールによって規定 会社が管理
設備 自身で準備 会社が準備
支払い 契約に基づき決定 最低賃金がある

従業員への賃金支払については、税金その他も複雑でGustoのようなサービスを使うのが良い。 従業員へのインセンティブには株式の付与もある。創業期には、従業員には最低賃金以上ではあるものの平均以上の賃金は払えないことがある。これを穴埋めするのに、株式の付与を行うケースが有る。そして、創業期のメンバーにはパフォーマンスを大きく左右するため、株式の付与に関して気前良くあるべきだ。典型的には最初の10人の従業員には10%の株式をスライドをつけて渡すなどだ。もし、従業員のパフォーマンスが上がらなかったり、すぐやめた場合にはvestingによってもちろん買い戻すことができる。 最後に、株式をどの従業員に何株付与して、何%のシェアを持っているかには常に気を配っておこう。

質疑応答

(Q.) プロフィットシェアリングなどに比べて、株式の付与が良い方法なのか?

(A.) 急成長の曲線を描く、スタートアップの場合、多くの価値は株式によってもたらされる。よって、株式による支払いが良い。逆に商店など多くの資金調達を必要とせず、また最初から収益が上がる場合は、プロフィットシェアリングなども考えられる。

(Q.) 優先株普通株の違いは?

(A.) 優先株には普通株にない権利が付与されている。liquidation preferences(この記事で触れた)などもその一部だ。