【Startup School】アイデアのつくり方と計り方について
アイデアのつくり方と計り方について - Stewart Butterfield & Adam D'Angelo
講演者の経歴
まず、軽く講演者の経歴からおさらいしよう。
Stewart Butterfield
1973年、カナダに生まれたStewartはビクトリア大学で哲学の学士号を、ケンブリッジ大学で修士号を取得する。2000年に友人らとともにGradfinder.comを起業し、その後フリーランスのwebデザイナーになる。2002年にバンクーバーでLudicorpを起業し(Ludicorpは2005年にYahoo!によって買収される)、この会社でFlickrを始めることになる。2008年までFlickr部門の責任者を努めた後、2009年にTiny Speck社を起業する。2013年にStewartはTiny Speckで開発していたSlackのリリースをアナウンスする。その後、Slackは500万人のDAU、150万人の有料ユーザーを抱えるサービスまで成長することとなる。
参考:Stewart Butterfield - Wikipedia
Adam D'Angelo
1984年に生まれたAdamはフィリップス・エクセター・アカデミーに入学し、マーク・ザッカーバーグらと音楽アプリを作る。その後、カリフォルニア工科大学に進んだAdamはコンピューター工学の学士号を取得する。FacebookでCTOを努めた後、2009年にQuoraを起業する。現在QuoraはQ&Aサイトとして成功している。
Stewartのインタビュー
- アイデアを思いついた過程について
1992年に大学に入ったときUNIXマシンのアカウントをもらいwebへの接触機会があった。webがメジャーになる1年ほど前の出来事だ。どんなコミュニティーかに関わらず人々がコミュニティーを探せる点に惹かれた。そして、SNSのような働きをするオンラインゲームに惹かれた、商業的には良い考えではなかったのだが。その後、2009年にSlackを作ることになる会社を始め、1750万ドルの資金調達をした。2002年の1度目の起業の際はドットコムバブルの崩壊やワールドコム、エンロンのスキャンダル、911テロの直後で、NASDAQやS&Pは下がりきっており、誰もインターネットに投資しようという人はいなかった。その為、良いアイデアかそうでないかを語るのは難しい時代だった。市場からこれに投資すべきだというシグナルが得られなかったからだ。
我々は友人や家族からいくらかの資金を調達し、1年をかけてプロトタイプを作った。プロトタイプは悪くなかったが、完成形を作るまでにもう一年かかり、資金調達をすることは出来なかった。家族がいるメンバーもいたので、今まで開発した技術を使ってマーケットに参入できる製品を作ろうとなったのが、Flickrで、ただこれも最初は悪いアイデアに過ぎなかった。ゲーム用のメッセージ処理の仕組みをバックエンドに持っていたので、ゲームクライアントを写真のシェアリングに変更するだけだった。ゲームも写真もリアルタイムのインタラクションであり、2003年時点では素晴らしい技術であったが、誰がオンラインかなんて当時は気にもとめなかった。 Slackを作ったときの経験はこれとは少し異なり、十分な資金もあったし、AWSもあったし、インターネット回線もずっと良くなり、多くの人がオンラインにつながるようになった。つまり、外的環境によって、2003年当時は大きな市場が存在せず、悪いアイデアに過ぎなかった。
- Slackはなぜ良いアイデアだったのか?
我々はIRCベースのコミュニケーションシステムを開発することをスタートした。Slackは1989年時点では欠けていた要素を持っているIRCだとも考えられる。成功した理由を言うのは難しいが、3年半をデザインに費やしたことだ。IRCを使うことに決めたが、メッセージの保存や転送ができないなど欠陥を抱えていた。つまり自分が誰かにメッセージを送ろうと思ったとき、誰かがサーバーに接続されてなければ、メッセージは送られないということだ。そこでまず、メッセージが保存されるような機能を開発し、検索できるようにした。これが2009年の出来事だ。また当時はiPhone向けの良いIRCクライアントはなかったので、Safari向けのHTML5フロントエンドを開発した。 ソフトウェアの開発においては、エゴや推測がつきまとう。この機能は良い、悪いなどと議論するものだ。もし仏陀の境地まで達することができるなら、エゴもなくできるだろうが、実際にはエゴも、この機能は誰かにとってはすごく価値のあるものだといった推測が発生する。一方で、Slackのプロトタイプのようなシステムを作っているときには、問題すべてが腹立たしいものだ。そうしたとき、問題を表明し、最小の努力で、やるべきことに立ち返ることにし、数カ月の間問題に取り組むこともある。Slackにはそうしたことに従事するものが45名いた。 我々で助けられないが、有利になることが明確なものに関しては、最小の時間で取り組んでいた。こうしたプロセスの終わりには、完全にデザインされた製品、1から作っていたらならないようなひどい実装のもの、しかし価値の高いものが出来上がる。このような価値観で、優れたアイデアだと言え、その証拠もある。
- 他にピボットを考えた事はあるか?
たくさんのだめなアイデアが有り、そのうちの一つがチーム内で価値があると合意の取れたものだった。当時、銀行口座に投資家から返却を求められないお金が5Mドルがあった。投資家達はむしろ、我々に何か新しいことをするように求めた。Jason Horowitzは投資家の中のひとりで、ミーティングをした。そのときはまだSlackは出来ていなかったが、プロトタイプはあり、「いつか数億ドルの売上高をあげ、数十億ドルの時価総額の会社になるアイデアがある」と話していた。そして、それが頂点だと思っていたが、現在は数十億ドルの売上を上げ、数百億ドルの時価総額の会社になり、まだ成長し続けている。 つまり言いたいのは、どれだけアイデアが良いかは気づかなかった。
しかし、辞める決断をしたものもある。ユーザーエンゲージも高い良いサービスも持っていた一方で、Glitchという新しいユーザー獲得も出来ないゲームも抱えていた。人々が悪いと思っているアイデアでもそれをはねのけてこそ良い起業家だという思いがある一方で、もう続けられないと毎朝考えていた。皆を説得するのは非常に難しい。
- アイデアを評価することの難しい点の一つだと思う。朝目覚め、前に進もうと思ったのはいつだったか?
新しいユーザー体験にフォーカスしていた。この機能は何か、というのをユーザーに教え楽しませることだ。なぜなら、ユーザーを集めることには苦労しなかったが、留めることに苦労していた。
- それはいつもネタ切れして諦めた時に人々にこうするとうまくいくということだ
その通り、アイデアがあってやってみたが、うまく行かず、また別のアイデアと言った具合に。最初はたくさんのアイデアをホワイトボードに書き、どれが一番価値があるかを議論し、1つずつ時間をかけて消していく。殆どが始めるには最悪のアイデアばかりで、3つのアイデアが残った。
簡単なことだ。むしろ思いつかないことのほうが難しい。良いアイデアである必要はないのだから。ただ、どのアイデアが良いアイデア化評価することはずっと難しい。最近ファスト&スロー(以下の本)という本でチェスのチャンピオンの話を読んだ。彼らは戦局をみて直感的にあと3手でチェックメイトと言った具合に判断する。これは非常に鍛錬された直感だという。どうしてそう考えたかなどは説明出来ない。20年間ソフトウェア開発をしているが、どの機能が重要で、その機能が重要でないか、は実際のところ直感に依る部分もある。 アイデアを作る過程はフィルタリングだ。皆がアイデアを持っている。Slackで言えば、一月に20000ツイートぐらいをもらうし、カスタマーサポートにも同じような数の意見をもらう。そして、そのアイデアが良いもので実際に実装可能に思えたら、議論をする。
考えない。個別のチームにとって価値があると考えているし、それは実証されていると思うが、どれくらいかというのは気にしない。セールスの人間もいるが、90%以上の顧客と話したことはない。 良いアイデアがあって、必要なのは開発してくれる人というのは本末転倒な話だ。しかし、人々は常にアプリのアイデアがあって、それらは評価しにくいものだ。一見しただけで、良いアイデアと分かるのは珍しいケースで、実際に進められるかにも依存する。先日Youtubeを見ていたら、MileIQというアプリの広告が出てきた。これは、移動する度に移動速度や位置を見て、停止したら記録する。そして、これは出張か否かを選択する。これはシンプルだが良いアイデアにみえる。顧客は精算するのにトラブルを抱えているし、進めるのも難しくなさそうで、効果的にマーケティングをすれば、成功するビジネスになるだろう。しかし、私が聞いた95%のアイデアは成功する考えが浮かばない。
- 実行の仕方の問題でアイデアの問題ではなく、つまりいつかSlackのようになるまでトライするべきということはないか?
ベイエリアには沢山の人がいて、多くがテック企業で成功したいと望んでいる。そこには生存バイアス(成功者ばかりに注目し間違った判断を下すこと)や認知バイアスがある。成功には実行の仕方に大きく依存する。スティーブ・ジョブズの例で言えば、ジョン・スカリーを雇い入れ、アイデアが全てだという人々を雇い入れた。アイデアは重要だが、実行するためには多くのことを用立てる必要がある。スティーブ・ジョブズのケースで言えば、ガラスやバッテリーを作るにはどうしたら良いかといったことだ。 つまり言いたいのは、実行することが好きで、とは言え、ひどいアイデアに良い実行があっても成功はしないわけで、両方が必要ということだ。
- もし新しい会社を作るとして、どこでアイデアを探すか?
他の人にも有効かは分からないが、消費者としての自身の経験から探す。不満に思っていることを見つけやすいし、人々は不満を抱えているものだ。 いつも話す話がある。私達のオフィスのあったバンクーバーは歩道が狭くて、その歩道には店の立て看板がおいてあり混雑しているので、歩くときには蛇行しなければならない。そして、雨が降ると、多くの人が傘を指して、傘を指していない我々に向かってくる。誰も傘を逸らそうとしない。こうした事態が起きていることに対して、様々な説明を思いつく。悪意を持ってではなく、エクササイズをするだけの道が少なくこの機会にエクササイズをしているのだと言った具合だ。これには2つの説明があり、一つは皆ただ歩いているだけで、傘を避ける我々が見えていない。あるいは何が起こっているか見えているが、改良する手段が考えつかないかだ、ただ少し傘を傾ければ済むのにもかかわらず。 この話の要点は、人々が世界をどのように見ているかということだ。問題は明確で、それに気づけば、解決手段を思いつかないことはないということだ。2/3の人々は傘を傾けない。もし、あなたが傘を傾けるタイプの人々であれば、すべての世界がチャンスということだ。
- 傘を傾けることに気づくためのコツはあるか?
他者、そして自身に気を配ることだ。
実行することとアイデアの間の弁証法のようなものがある。Slackが良い例で、我々はビジネスのツールとして考えていたが今ではSNS的な利用も多くされている。だが我々はそのようなピボットはしないという確固たるものがあった。こうした気をそらすものが沢山有るものだ。
- 社内でいろいろな新しいアイデアが挙がった時にノーをいうか?
私はノーを言う筆頭者だが、他にも多くのノーを言う人がいる。
- (ここで、学生からの質問)Slackの前にも成功していると思うが、1回目の起業と2回めの起業で何か違いはあるか?
外部的な要因すべてが容易になっている。Flickrは資金調達が出来ずにやめた。早送りして7年後、我々は望む額の資金を調達できた。それ以外にも、広告や注目を集める事、リクルーティングなど様々なことが容易になった。
Adamの講義
本講義ではMeasurement, Metricsにフォーカスする。スタートアップ起業の際にする様々なことはスタートアップ専用のもので、ある領域においてエキスパートになるだろう。講義において教えることは難しいが、この領域における尺度は一般的なもので多くのスタートアップに適用可能だ。
下の写真は90年代のAmazonのHPで、いまや巨大なAmazonも最初はこのような状態だったことが分かる。
Amazonはなぜ本の販売から始めたのだろうか。ベゾスは店を始めようと思っており、差別化が重要だと気づいていた。そこで、既存の会社には難しいが、ベゾスには出来る事を考えていた。Amazonのケースでは、実店舗販売を行う会社は在庫を持つスペースが限られており、インターネットを使えば巨大な倉庫を持つことでより多くの商品の選択肢を提供することが可能であった。
そして、どの商品カテゴリがもっとも利便性を得られるかと考えた時に、それは本だったわけだ。
この話にはより一般的な学びがある。測定することは漠然としたアイデアを良いものに変えるということだ。 たくさんの見積をすることで、アイデアを尖ったものに素早くイテレーションすることが出来る。
測定することはマーケットサイズといったものの見積もりには役に立たないが、ユーザー価値などを見積もるのには役立つ。
測定するもの
プロダクトを作った後には、何を測定するのが良いのか。アクティブユーザー数や収益、トランザクション数などがある。その中でフォーカスすべきは価値を生み出すユーザーだ。マーケットプレイスの例で言えば、バイヤーやセラーを測定すればトランザクション数も分かる。その中で、何がバイヤーにとって良くて、セラーにとって悪くてと言ったことが分かるので、両者に良いように改善すれば良い。こうした測定をしないとすべてが疑わしく、何が起こっているかわからない。
次はリテンションに移る。まずはcohortが何かだが、ある期間にプロダクトを初めて使ったユーザーの数だ。スタートアップでは期間は1週間で、プロダクトをローンチして、はじめの1週間、次の1週間と言った形で見ていく。上の図はあるプロダクトの年ごとのリテンション率を表したものだ。この6年後どうなっているだろうか?
古いユーザーが減り続けるということは新しいユーザーも減ってくるということだ。すべてのcohortについて減少しているという傾向が見られたら非常にまずいということだ。
リング状の火、というアナロジーがある。野原に火をつけると、円状に火が広がるがやがて燃やすものがなくなると中心から火は消えていきリング状の火になる。そして、最後にはすべての火が消えてしまう。GrouponやポケモンGoが最近の例だといえる。
これを逆転できれば、逆にパワフルだといえる。数少ないcohortを増加させている例が、Whatsapp、Uber、Facebookなどだ。つまり、新しいユーザーを獲得するだけでなく、既存ユーザーの測定をし、留めなければならない。
次にTom Tunguzというベンチャーキャピタリストのデータを紹介しよう。彼はスタートアップの評価額と相関係数の高いものを求めた。第一に収益の増加、これは相関係数0.18だった。次に収益の総額、これは0.3だった。最後に、アカウントの増加が0.54だった。これは前述のエピソードを裏付ける話だ。
要するに大事なのはユーザーのリテンションを測れ、ということだ。
リテンションは最も大事なことだが、くまなくユーザーにプロダクトを届けるためには十分とはいえず、成長についても考えなければいけない。上のグラフは線形、2乗、3乗、指数の伸びをプロットしたものだ。継続したPRは線形の成長につながるが、予算の限界もある。もし指数関数的な伸びを期待したいのなら、週ごとの%伸び率などを計測する必要がある。
Paul Grahamの言葉を借りれば、
収益をグラフ化する代わりに、収益の伸び率をグラフ化しよう
とのことだ。
次に、イテレーションについて述べる。大企業に比べてスタートアップが優れているのはイテレーションを素早く回せるということだ。ただ、同時にイテレーションは正しい方向に回さなければならない。あまり述べられないが、どれだけイテレーションを早く回しているか、イテレーションの構成要素は何か、といったことも測定できる。
例えば、Quoraではエンジニアがユニットテストを終え、コミットするまでにどれだけ時間がかかるか、なども計り、それが10~15分の間になるようにした。これが出来ているところは少なく、結局毎日のリリースが、毎週、毎月へと遅くなっていく。これではイテレーションを回せない。
最後に、こうした測定をすると大抵は期待や想定を下回った結果になる。しかし、必要なことをやればよく、自信を持って未来に対して楽観的であるべきだ。